【老人ホーム清掃員】人生何が起こるかわからない、骨折するし、満足に歩けなくなる可能性もある。

【老人ホーム清掃員】人生何が起こるかわからない、骨折するし、満足に歩けなくなる可能性もある。

【性別】男性
【年齢】(仕事が大変だった当時)
47歳

【当時の職業】
老人ホーム清掃

【当時の住まい】
実家の一軒家で親と同居。

【その仕事はまだ続けてる?もう辞めた?】
転職して、違う業種で働いている





【就職のきっかけと経緯】
太陽の家京都という就労継続支援B型で就労していたが、ステップアップという形で、ワークパートナーYUIというところのA型に就労することになった。

【環境と仕事内容】
最初は、太陽の家京都の就労継続支援B型での福祉ホームの清掃。
ホームの廊下、トイレ、洗面所、浴室、更衣室などの清掃。
クイックルワイパー、ほうき、雑巾、ブラシ等を使用する。
職員はB型の清掃の方には3人、頼りにされていた。
ワークパートナーYUIでのA型に移ってからは老人ホームの清掃。
ほうき、モップ、雑巾、ブラシ、その他様々な用具や洗剤を使う。
職員はA型で5人ほど。

【大変だった時期】
2年たった後、理事長と施設長が代わり体制が厳しくなって大変になった。




【大変だったこと】
人間関係はどちらも良かったが、ワークパートナーYUIでは、荒れる人や彼女がいるのに二股をかけて三股めに手を出そうとする人などがいて、気分は良くなかった。
掃除をするのに力を入れてこすらないといけないので、腰に負担がかかり腰が痛かった。
太陽の家ではクレームはなかったが、ワークパートナーYUIでは職員から掃除の仕方が悪いとクレームを入れられたり、入居者のお年寄りから口出しをされたりしてその点大変だった。
老人ホームなので祝日だからと言って休めないので、連勤になるときは大変だった。
労働時間は8時間拘束だが1時間半休憩がもらえるので実質労働時間は6時間半なので、コロナ前までは我慢のできる疲れで何とかなった。
コロナ後は消毒が増えたのに前と同じ時間に終わらせてくれと言われて大変だった。

【大変だった期間】
ずっとそうだった。
今は違う仕事をしているので続いていない。




【当時の心境】
清掃だから特に心境的に苦痛だということは無かったが、せっかく綺麗にしてもすぐに汚されるのが疲労感が大きかった。
将来への不安は、10年20年と続けて定年まで体が持つのだろうかという不安があった。
それでも楽しかったことは、掃除した場所が綺麗になる達成感があった。

【職場が大変だった原因】
ワークパートナーYUIでは2股をかけていた人はいけ好かなかったが仕事は早いので頼りにされていて、迷惑な時もあるが、人の分まで段取りを組んで先先やってくれるので、仕事面で職場が大変だとあまり感じたことは無かった。




【仕事で良かったこと】
太陽の家京都では、就労継続支援B型は内職をしている人は多くが肢体不自由があって、五体満足で知的に障害がないのが僕くらいなので頼られていて嬉しかった。
ワークパートナーYUIでは、日々の仕事の中で掃除した場所が綺麗になるのがやりがいがあった。




【特にひどかった最悪の出来事】
ワークパートナーYUIでは、仕事は2年半位したが、コロナで2020年5月一杯で閉店するというお好み焼き屋の列に並んでいたら、ピクリとも動かずじっとしていたら左足が痺れてき、そのままじっとしていたら、左足首から崩れ転倒。
しばらく座り込んで休んでいたが、立ち上がって歩こうとしても2歩目がどうしても出ないので自分で救急車を呼んだところ左足首脱臼骨折。
即入院2度の手術となった。
そのまま2か月入院、会社の方から労務の意向で契約更新したくない旨を伝えられ解雇となった。
「治ったら戻ってきていいよ」と言われていたので、リハビリの遅れとコロナで復帰が延び延びになったが2021年7月から実習に戻ったものの体の「なまり」とブランクから「とてもA型では使えないB型なら」と言われB型契約となった。




【相談した人・助けてくれた人】
太陽の家京都でもワークパートナーYUIでもスタッフは色々と相談に乗ってくれた。
色々と聞きまくるうるさい奴と認識されていたかもしれないくらいだ。
その他にも大学卒業当時からお世話になっている臨床心理士の心理カウンセラーがいる。

【改善のための行動】
ワークパートナーYUIでA型からB型に落とされたので、A型に復帰するために、スタッフに見守ってもらいながらできるだけ掃除が段取り良くできるように考えたり、掃除のやり方の本やマニュアルを見て勉強したりした。




【現在の状況と心境の変化】
清掃は体力的には大変だったが、綺麗になる嬉しさがあった。
掃除は、時間に追われて常に大変だった。
ワークパートナーYUIでは皆より遅く、足手まといとまでは言わないまでも遅れ気味だったので体力的にも精神的にも大変だった。
どうやっても作業スピードが速くならないのが悩みだった。
今は転職して他の業務をしているのでその悩みはない。

【学んだこと】
どんな仕事でもやる意味も遣り甲斐もあるということ。
汚い汚れ仕事に見えても必要とされているしやる意味はあるということ。



【当時の自分へのアドバイス】
仕事は大変で、作業スピードにも着いて行けない気味だったが続ければ報われることもある。
汚い汚れ仕事に見えても必要とする人はいるし必要とされる。
何の前触れもなく左足首を骨折したが、人生何が起こるか分からない、今回入院保険に入っていたが、備えあれば患いなし。
保険を侮ってはいけない。
続けていれば良いことがある。