【内装と清掃業全般】当時は殴る蹴るは当たり前でした。時間は長いし、汚い現場やゴミ屋敷も沢山ありました。給料は安いし親にも沢山心配をかけました

【内装と清掃業全般】当時は殴る蹴るは当たり前でした。時間は長いし、汚い現場やゴミ屋敷も沢山ありました。給料は安いし親にも沢山心配をかけました

【性別】男性
【年齢】(仕事が大変だった当時)
25歳

【当時の職業】
内装と清掃業全般

【当時の住まい】
実家の一軒家で親と同居

【その仕事はまだ続けてる?もう辞めた?】
転職して、違う業種で働いている





【就職のきっかけと経緯】
当時尊敬できる先輩が居たのでついていきました。
特にやりたいことなどがあったわけではありません。
お金の面もあまり気にしていなかったです。

【環境と仕事内容】
具体的な仕事内容は清掃業全般で知り合いの業者からの応援依頼で病院や店舗などの清掃業務や大型ホームセンターや閉店後のパチンコ店の定期清掃などを行ってました。
清掃の内容は色々ありましたが、バフマシンで床の清掃後、ワックスがけだったりエアコンの洗浄であったり、依頼があれば内装の修繕やリフォームもやってました。
自分のポジションは最終的には会社を起業してやりましたが、今は辞めております。
様々な取引先がありましたが、総じてお客様からの評判は良かったと思います。
夜勤もあれば日勤になるときもありバラバラでした。
休みは社員の頃は週1日でありましたが、自分が会社を始めてからは7年間一切ありませんでした。

【大変だった時期】
高卒すぐ就職して最初からずっと大変でした。




【大変だったこと】
大変だったことは沢山ありますが、まずは体が資本となる仕事なので自分自身の体調管理はかなり大変です。
夜勤になることもあれば、日勤からそのまま徹夜で突貫作業になることもありました。
そもそも単価の高い仕事を取ることが出来ていればそんなことにはならなかったと思いますが、どうしても最初は誰かから仕事を貰い下請けから始める必要がある仕事という認識で当時はおりました。
下請けになれば、発注先の言うことは絶対で元請けの為に働く形になり、依頼単価を下げると言われれば、その元請けからの仕事の依存度が高ければ高いほど断ることは社員を抱えているこちらとしては出来ないので、会社も金銭面的に大変だし、そこで働く社員も大変だし、単価を上げる交渉など出来るはずもなく難易度がかなり高い印象が今でもあります。
適正金額自体がある程度はありますが、法人がお客様の場合、基本的に今まで依頼していた業者の金額よりも下げないと仕事を取るのはなかなか難しいので、クオリティを維持しながら単価を上げていくということに渡しの場合は限界を感じて辞めました。

【大変だった期間】
2002年〜2015年まで続きました。




【当時の心境】
最初はただ人間関係的にも楽しいし、若いこともあったので体力で無理だという印象はなかったです。
個人事業主の人のところで最初は働いていたので社会保険もなく、今考えたらよくやってたなという感じですが、
当時は周りも見えていなかったのでそんなことも考えていませんでした。
自分で会社を初めてから将来への不安を強く感じるようになりました。
7年間会社をやってみて従業員の給料を上げることは非常に困難で私もこれ以上自分を犠牲にする必要は無いだろうと思い辞めましたが、その時には下請けで働くことの怖さが身にしみて分かっていたので二度と下請けの仕事はやらないと決めました。

【職場が大変だった原因】
自分が馬鹿だったに尽きます。
人のところで働いていたときも自分で会社をやったときも、下請けの仕事がメインだったのでそこが全ての問題の発端だったと思います。




【仕事で良かったこと】
やりがいを感じたことは、自分が清掃などしたあとにすごく発注者から喜んで貰えた時と作業途中でお菓子など気遣い頂いた時ですかねぇ
後は元請けの会社さんから仕事の依頼を継続して貰えているときは信用して貰えていると感じて嬉しく思ってました。




【特にひどかった最悪の出来事】
元請けの会社から月末になっても入金が無い可能性が高いと月初に判明して従業員の給料が払えないってなった時に、資金調達の為に銀行を回ったことが一番最悪だったと思います。
複数の銀行を回ってなんとかなりましたが、当時私が業務に費やすはずの時間が資金調達に使われてしまい、業務も遅延したりして大変でした。
その銀行に回るときにこっちはめちゃくちゃ必死になんとかしないといけないと思って動いてましたが、銀行の担当は淡々と応じるだけで、融資を断られるところもあったりでお金の準備を迫られたことが一番当時大変だったと思います。
結局元請けの会社は潰れてしまい入金は無く、元請けの会社が請け負っていた仕事は私のところに回り回って来ましたが、単純に損失したのが痛かったです。




【相談した人・助けてくれた人】
相談する相手はいませんでした。
愚痴をこぼす相手もいませんでした。
常に一人でなんとかしないといけないと思いやってきたのは、相談しても内容が社会一般の人の考えでは理解が到底出来ないので、話をしたところでやめとけと言われるのがわかりきっていたからです。

【改善のための行動】
最初は1から何も知らない状態で業務は始めたので、全てのことは先輩から見て聞いて教わりましたが、体育会系の先輩だったので、殴る蹴るなどは当たり前で出来るまで色々やられました。
その恐怖1つで色々出来るように改善出来たと思うので、自分が頑張って改善したというよりも自然に適応するように出来るようになったという方が正しいかと思います。




【現在の状況と心境の変化】
内装業を辞めて7年になりますが、あの時辞めて良かったです。
当時は分かっていませんでしたが、辞めてから転職して営業の仕事をやってますが、こっちの方が自分には合っているし、待遇もかなり良いし安定しているしで言うことありません。
清掃業は体力的にも収入的にもかなり大変な仕事で今後私がやることはないと思います。

【学んだこと】
仕事をすることで得られる対価は、どんな仕事であったとしてもお金を払う側がいくらで満足するかということだと思います。
他社よりも高い金額で提示しても、それを価値だと感じてもらえればそれは適正金額になるということを学びました。



【当時の自分へのアドバイス】
下請けの仕事は仕事量こそあるものの、依存度が高くなり色々面倒だから辞めたほうが良いのと、そもそも起業するなら他の人が出来ないことや、自分自身がやりたいことがあって初めて起業すべきだし、なんとなく社長になりたいみたいな感情でなるべきではないし、ましてや清掃業でやるならはじめから高単価は狙えないんだから、ゼロから1を作り出す直の営業でエンドから仕事を取るべきだと言いたいですね